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歴史ドラマ解説

ばけばけ第62回|判明!松野ときと銀二郎は「正式離婚していなかった」──戸籍上は夫婦のままだった理由とは?

ばけばけ第62回|判明!松野ときと銀二郎は「離婚していなかった」──戸籍上は夫婦のままだった理由とは?

ばけばけ第62回|判明!松野ときと銀二郎は「離婚していなかった」──戸籍上は夫婦のままだった理由とは?

ばけばけ第62回|判明!松野ときと銀二郎は「離婚していなかった」──戸籍上は夫婦のままだった理由とは?

NHK朝ドラ『ばけばけ』第62回で、重大な事実が明かされました。 4年前に家を出た山根銀二郎(のちの松野銀二郎)について、ときの父・司之助が発した言葉──まだ籍は抜いとらん。戸籍の上では、松野銀二郎じゃ」つまり、ときと銀二郎は“離婚しておらず、戸籍上は夫婦のまま”だったのです。

◆ 第62回で明かされた衝撃の事実:戸籍上は夫婦のまま

松野家を4年ぶりに訪れた銀二郎は、「もう一度やり直したい」と家族に相談します。 その際、ときの父・司之助は、家族の前で次のように説明しました。

「離縁届を出しとらんのだ。戸籍上は夫婦で、銀二郎は今も松野の姓じゃ」

視聴者の多くは「離婚していた」と思っていたため、この展開は大きな驚きを呼びました。 しかし、この設定には史実に基づいた“理由”があると考えられます。

 

◆ 史実:ときのモデル・小泉セツと為二は離婚が遅れた

松野ときのモデルは、松江出身の小泉セツ(のちの小泉節子)。 夫にあたるのが、銀二郎のモデル前田為二です。史実では──

  • セツは夫・為二が“出奔”(姿を消す)したため大阪まで探しに行く
  • しかしよりを戻すことはできず、夫婦関係は事実上破綻
  • 正式な離婚成立は1890年1月13日

ここで注目したいのが、離婚成立の“大幅な遅れ”です。なぜ数年間も離婚が成立しなかったのか── 背景には松江の市政と戸籍制度の変化が深く関係しています。

松江市の市政施行が1890年に影響?離婚が遅れた理由

松江市が市制を敷き、市役所が設置されたのは 1889年4月1日。そのため、それ以前は戸籍事務の移行期であり、 離婚手続きがスムーズに行えなかった可能性が高いと考えられます。

つまり──

為二とセツの離婚が“数年遅れた”のは、行政制度の移行期と戸籍処理の問題が背景にあった可能性が高い。

ドラマの設定「4月の最初の土曜日」も、 この史実の時間軸を意識した演出だと考えられます。

◆ ドラマではなぜ「離婚していなかった」と描いたのか?

これは『ばけばけ』の物語構造上、大きな意味を持ちます。銀二郎の“もう一度やり直したい”に説得力をもたせるため

  • ときの人生の選択を dramatical に描くため
  • 史実の「離婚が遅れた」事実をドラマ風に落とし込んだため

特に、

「戸籍上は夫婦」= ときはまだ正式に“自由”ではない

という状況が、とき・銀二郎・ヘブンの三角関係に緊張感を生み出します。

◆ 史実では“復縁せず”別れた二人──ドラマではどうなる?

史実:

  • セツは為二と復縁することはなく、離婚成立(1890年)
  • その後、八雲(ヘブン)と出会い、結婚
  • 節子(セツ)は八雲の生涯の伴侶となる

この史実を踏まえると、ドラマでも

ときは最終的に銀二郎とは別れ、ヘブンの未来へ進む可能性が高い

と予想されます。

◆ まとめ:第62回は「ときの人生の分岐点」を示す回だった

  • ときと銀二郎は“離婚していなかった”ことが判明
  • 父・司之助の言葉で、戸籍上は夫婦と明らかになる
  • 史実では離婚は数年後に成立
  • 行政制度の過渡期だったため手続きが遅れた可能性が高い
  • ドラマでは“復縁か未来か”という選択のために残された設定

第62回は、 ときにとって人生最大の決断が迫られる週の始まりでもあります。 銀二郎の告白、ヘブンの存在、そして“まだ離婚していなかった”事実── 第13週以降、物語はさらに大きく動き出します。

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