ばけばけ48回|ヘブンが言った「マルティニークの浜」とは?小泉八雲ゆかりの場所だった!

■ ヘブンが言った「マルティニークの浜」とは?
ヘブン(八雲)は気管支カタルで寝込んでいる最中、突然こう言います。
「ワタシ…マルティニークノ…ハマニイル…」
松江が数年に一度の大寒波に見舞われ、ヘブンは寒さで震えていました。 そんな彼がうわ言のように口にしたのが「マルティニーク」。 これは八雲が心の底から愛したカリブ海の楽園のことです。
■ マルティニークは八雲にとって“第二の故郷”
史実では、小泉八雲は1890年に日本へ来る以前約2年間(1887年〜1889年)、フランス領マルティニーク島に住んでいました。
- カリブ海に浮かぶ南国の島
- 気温は年間を通して25〜30度
- 青い海、白い砂浜、椰子の木が並ぶリゾート地
八雲はこの島を深く愛し、後年まで「人生で最も楽園だった場所」と語るほどでした。その島で過ごした彼が、松江の極寒で熱に浮かされながら思い出したのが―― 「マルティニークの浜のぬくもり」 だったと考えられます。
■ なぜヘブンは「マルティニークの浜にいる」と言ったのか?
寒さと熱で意識がぼんやりしたヘブンの脳裏に浮かんだのは、 松江とは“正反対”の、太陽に照らされた故郷の浜辺でした。
❶ 松江の寒さに苦しむいま ❷ 南の島の暖かい浜辺の記憶 ❸ そこへ「帰りたい」という願望
この3つが重なり、ヘブンの口から自然に 「マルティニークの浜にいる…」 という言葉が出た、と見られます。
■ 小谷春夫が来たときの“ラップ風セリフ”の意味
見舞いに来た小谷春夫に向かって、ヘブンはこう言いました。
「シャラップ。ワタシヤマイ、アナタミマイ!」
これは英語と日本語を混ぜた韻を踏んだ言葉遊びで、ヘブンらしいユーモアが爆発したシーンでした。
Shut up(シャラップ) Watashi(私) Yamai(病) Anta mimai(小谷・見舞い)
文字通り「ラップ」調で語ることで、熱にうかされながらも“ヘブンらしい明るさ”をにじませています。
■ 気管支カタルは治る病気。ヘブンは死なないのか?
気管支カタルとは、現在でいう気管支炎に近い軽〜中程度の炎症です。 医者も「治る病気だ」と断言していました。史実の八雲はその後も松江を離れ、熊本 → 東京大学教授へと人生を歩んでいきます。 つまり、ドラマでもヘブンは死なないとみてほぼ間違いありません。
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■ まとめ:マルティニークはヘブンの“心の避難所”だった
松江の大寒波に苦しんだヘブンが、 心の底で思い出したのは――若き日の南国マルティニークの浜辺
松江とは真逆の、暖かく美しい島での記憶。 それは彼にとって「幸福の象徴」でもありました。だからこそ、熱にうなされながら 「ワタシ、マルティニークノハマニイル…」 とつぶやいたのでしょう。
この先の展開やヘブンの回復については、また記事で詳しく解説していきます。
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